
「・・・・・・誰だか分からないわ・・・・・・」
アスカが呟く。
「・・・・まいったなぁ・・・・」
シャワールームの鏡に自分の顔を映し、シンジは深い溜息をつく。
案の定、顔は酷く腫れ上がり、シンジを憂鬱にさせた。
「冷やしたほうがいいかもね、今更遅いけど・・・・」
アスカはそう言うと、引っ張り出してきたタオルを水に濡らし緩く絞った。
それを、シンジの顔に押し当てる。
「い・・・・いたた・・・・!」
「あ、ごめん、」
アスカは慌てて手を放した。
「どうしようもないわね・・・・・」
困り切った顔で、濡れタオルをシンジに差し出す。
シンジは肩を竦め、アスカの手からそれを受け取った。
「・・・・なんだか、よく見えないよ・・・・・」
腫れ上がった顔の所為で、何もする気になれないシンジは
どさりと床に座り込み、濡れたタオルを慎重に顔に当て目を閉じる。
アスカは黙ってシンジを見ていたが、他にどうすることも出来ず
自分もベッドに座りこんだ。
********
完全に管理された部屋の中に、彼女はいた。
僅かな光の中、静かに揺れている。
夢を見ているのかも知れない。
夢
彼女の見る夢は、幸福なものだろうか。
リツコは思う。
いつものようにレポートに目を通し、”彼女”の健康状態を確認する。
それが一日の始まりだ。
いつもと同じ、”彼女”には何の変化もない。
健康だ。
「・・・・・・幸せ・・・・・なのかしらね・・・・・・」
リツコは誰に言うともなく呟いた。
この世界で新しい命が生まれなくなってから、随分と経つ。
最後の子供が産まれてから、14年の時が過ぎていた。
新しい産声を聞いた者は、もういない。
人類はやがて来る滅びの時を待つばかりとなっている。
この地上の全ての女性が、新しい命を育むことが出来なくなった。
唯一人を除いて。
”彼女”だけが生きた卵子をもっていたのだ。
人々の未来への望みは、”彼女”に託された。
そして、今
”彼女”の時間は止まったまま、誰にも分からない夢を見ている。
リツコは”彼女”に背を向けると、部屋を出ていった。
その足で、研究室に向かう。
厳重な警備システムを幾つも抜け、研究室に入る。
リツコが部屋にに入ると、研究員達が顔を上げた。
「おはようございます。」
「おはよう、A1の結果はどう?マヤ?」
リツコは一人の研究員に声をかける。
「・・・・・それが・・・・・」
「・・・・・また、失敗なのね、」
「はい・・・・・」
「そう、わかったわ、ではB1の方を進めて。」
「はい」
リツコは失敗に終わったA1のサンプルを、じっと見詰めた。
死んでしまった、命になるはずだった受精卵。
生きて生まれてきているのに、卵は受精させると
間も無く死んでしまう。
細胞分裂が止まってしまうのだ。
原因はわからない。
あらゆる方法を試してみたが、結果は同じ。
最後に辿り着くのは、死だ。
「・・・・・・残された時間は、後僅かだというのに、」
リツコは顔を顰めた。
この結果の報告をしなければならないかと思うと、気が重くなる。
けれど、目の前にある結果は現実だ。
マヤがディスクをリツコに渡す。
「これがA1の経過です。」
「ありがとう、」
リツコはディスクを受け取ると、自分の端末に挿入した。
書くべき報告書の内容は何時も同じだ。
「前回のレポートをコピーしても、きっと分からないわね、」
リツコが自分の場所に落ち着き、キーボードを叩き始めた時、
ガラス張りの壁を誰かがノックした。
「はーい、リツコ、」
「・・・・・・ミサト、」
ミサトは体で扉を押し開けると、リツコの側にやって来る。
「また・・・・失敗なの、」
ディスプレイを覗き込むと、ミサトは溜め息混じりに言った。
「そのレポートを見た時の、碇所長の無愛想な顔が目に浮かぶわね」
「あなたの方こそ、どうなの?彼の所在は掴めたの?」
「・・・・・・ぜーんぜんよ、一体何処に隠れてるんだか・・・・・・」
近くにある椅子を引き寄せ、ミサトはリツコの隣に座った。
深く背もたれにもたれ掛かり、ミサトは天井を見上げる。
「・・・・・・・ほんと、どーこいっちゃったのかしら・・・・・」
********
いつの間にか眠ってしまっていた。
アスカは大きく一つ伸びをすると、床に転がるシンジに目をやった。
シンジも眠っている。
顔にあてられていた濡れタオルは、床にずり落ちていた。
腫れは相変わらずで、シンジは痛みのためか眉間にしわを寄せている。
「・・・・・・情けない顔・・・・・・」
眠っているシンジの顔に、昨夜の真剣な顔をしたシンジが
オーバーラップした。
目の前の情けない顔で寝ている男。
そして、ここにいる自分。
彼のお陰で、無事にここに居る自分。
かなわないと分かっていても、男達に飛び掛かっていった
シンジ。
「・・・・・馬鹿なんだから・・・・・」
アスカは口唇を噛みしめた。
”・・・・・・なんで、なんで、あんな顔するのよ・・・・・・”
アスカはシンジから顔を反らす。
「ほんと・・・・・いやんなっちゃう・・・・」
The Next・・・・・